およぐさかな

ただの備忘録です

ホリエモンの『多動力』を読んで唯一引っかかった部分




本意ではないAmazonプライムの加入により、最近kindleを利用するようになった。気付けばkindle Unlimitedの無料体験にも登録してしまっていたので、完全にAmazonの策略にやられていると思う。ということで、読み放題に該当していたホリエモンの『多動力』を読んでみた。いまさらというのは言わないでほしい。

第一線で活躍している人の文章は読んでいてワクワクしてくるし、新たな発見をすることができたので、大変に充実した読書になったことは間違いない。

しかし、1カ所だけ引っかかってしまった部分がある。それは、第4章の『電話をかけてくる人間とは仕事をするな』だ。内容としては、ホリエモンが気軽に電話をかけてくるやつのことをけちょんけちょんに言っている。以下は著書から抜粋。

 

“「自分の時間」を奪う最たるのも。それは「電話」だ。”

 

“仕事をしているときに電話を鳴らされると、そのせいで仕事は強制的に中断され、リズムが崩れてしまう。”

 

“スケジュールの調整やちょっとした打ち合わせや連絡なんて、面と向かったミーティングや電話という同期通信でやる必要はない。”

 

“1日の中には、細かい隙間時間がたくさん発生する。その隙間時間を利用し、非同期通信によって仕事を効率的に進めていくのだ。”

 

“電話でしかやりとりできないような人は、僕の時間を無駄に奪う害悪だ。”

『多動力』より抜粋

 

確かに作業をしている時に着信が入ると手を止めなければならなくなる。リズムが崩れてしまうのは間違いないだろう。しかしながら、電話をかけてくる全ての人を害悪呼ばわりするような言い方には少なからず疑問を抱いてしまう。

誤解されてはいけないので先に断っておくと、私も電話はそんなに得意ではないし、かける相手もかけてきてくれる相手も多くない。発信と着信が全くない週があったりするのはざらだ。だが、特別に電話が害悪だと思ったことはないし、もちろん電話をかけてくる相手に対して害悪な存在だと感じたことはない。

というのも、メールやLINEの方が面倒だったりする場面や、文章で簡潔に説明するのが難しいときなどがあると思っているからだ。例えば、名称がハッキリ分からないものを伝えようとするとき。

 

電話の場合

A「あのさ、この前おまえが言ってたあれだけど」

B「え? なんのこと?」

A「なんだっけなー、丸くて、茶色っぽい、黄色みたいな…」

B「んー、鞄の中に入れておくもの?」

A「いや、違う。甘いんだよ、口に入れると甘い」

B「あ、食べ物か。串に刺さってたりする?」

A「いや、平べったくて皿に乗ってたな」

B「バターがかかってて?」

A「そう!」

AB「「ホットケーキ!!」」

 

これがメールやLINEの場合であると、仕事などお互いの都合があるので、電話のようにテンポ良くホットケーキに辿り着くとは限らなくなってくる。幾日かを要してしまう場合だってあるだろう。そうだとしたら “時間の無駄” は果たしてどちらだろうか。

「モノの名前くらいてめえでググれ」という声が聞こえてきそうだが、先述した例のように会話の中で様々な要素を思い出しながら答えに導かれることがある。

Aは最初 “丸い” 、 “茶色っぽい” 、 “黄色のような” ということしか思い描けていない。試しに以上の3つをキーワードとして実際にググってみたが、魚や草花などの図鑑が検索結果として上位に表示されただけだった。

一方、会話の場合、Bが「鞄の中に入れるものか?」と質問を投げかけたことで食べ物ということが明らかになる。会話を交わすことで答えへと最短ルートで辿り着くことが可能となる。そしてそれは、非同期通信型のメールやLINEと比べると同期通信型の電話である方が手っ取り早いのは明らかだ。

“コミュニケーションは同期通信でなければいけない” と盲信している訳ではないが、場合によっては電話の方がスピードを持つ場合があると思っている。

とは言っても、会話にすることでもないようなことをいちいち電話で伝える必要がないというのは私も同意見だ。スケジュールの確認や調整などはその最たる例だとも思う。また、先の例である “ホットケーキ” がググれば分かることならもちろん電話にする必要はない。

以上のことを踏まえた上で私なりに解釈するならば、無条件に “電話が悪” なのではなく、相手の時間を奪うかもしれないということを意識して、内容によっては連絡する前に先ず自分で考え、調べてみることが大切なのではないかということ。

メールやLINEを極端に嫌い、前時代の感覚によって盲目的に電話を重要視していたら時代に取り残されてしまうかもしれない。しかし、何も考えずに「電話は悪」と言っているならば、それもさほど変わらないことなのではないだろうか。

今回、『多動力』を読んだということもあり、TwitterやSNSでそれまで気にしていなかった「電話は害悪」、「電話をかけてくるのはバカ」という意識の高い文字列がやたら目に付くようになった。我慢ができなくなってしまったので本エントリーをしたためた次第だ。初版が発行されたのが2017年5月ということで、冒頭でも触れたが、鮮度のないネタというところは見逃してほしい。