およぐさかな

ただの備忘録です

フレディ・マーキュリー生き写しの歌声はなぜ私を15歳にするのか




映画『ボヘミアンラプソディー』の記事ではないことを先に断っておく。当エントリーを執筆現在、私は未だに爆発的な話題を誇っている映画を観ることができていないのだ。

自分自身の重い腰に嫌気が差しながらも、そんな状況でフレディ・マーキュリーの言わば ”そっくりさん” に感動してしまい、今、カタカタと一生懸命キーボードを叩いている。

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動画の彼、そのままフレディ・マーキュリーの歌声なのでぶったまげてしまった。動画内の人物である、Marc Martelさんが話題になったのは今から7年ほど前の2011年。『Somebody To Love』を歌った動画なのだが、もはやフレディの歌声そのまま。骨格が似ると声も似るというけれど、本当に顔もどことなく似ている…。現在では1600万回再生を突破。

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なにやら話によると、ロジャー・テイラーのツアーオーディションに合格したのだとか。そりゃするだろう、合格くらい。これでしなかったらそれの方がおかしいってくらいに完璧ではある。

『Bohemian Rhapsody』の動画の方はピアノソロなのだが、こちらもまるでフレディ本人が歌っているかのようで、その完成度故にギターやベース、ドラム、シンセの音など、CDそのままの音源が脳内で勝手に補完されて幻聴のように響いてきた。脳内で自動的に作り出された楽器演奏は、Marc Martelさんの弾くピアノと歌声にぴったりマッチして、CD音源よりもリアルに響いてくれる。気が付くと、私は中学3年生のあの頃に引き戻されていた。

中3の私は、自分でもアホになってしまったのではないかと思うくらいにQueenを聴いていた。当時、お小遣いというものを貰っていなかったので、どうにか小銭をかき集め、やっとのことで『グレイテスト・ヒッツ』のアルバムをレンタルした。そしてそれをテープにダビングしてアホほど聴いた。それはもうテープが切れるのではないかというくらい、ただひたすらに。

訳があり、隣の区に引っ越したのもちょうどそのころだった。あと数か月で卒業ということもあり、転校はせずに公共交通機関などを使って学校に通い続けた。父親の仕事が忙しくないと車で送ってくれる日もあった。そんな時は決まってカーステレオでQueenを流した。父親は言葉にさえしなかったが、「またか」というような面持ちでうんざりしているようにも見えた(父はエルビスプレスリーの大ファンだ)。それくらい聴いていたのだ。

そういった風景が、Marc Martelさんの動画を見ていたらありありと蘇ってきた。Queenの『グレイテスト・ヒッツ』は今でもたまに聴くが、今回ほど鮮明に中3のあの頃へと時間旅行したことはなかった。なぜだ。なぜフレディ・マーキュリーではなく、彼の動画で蘇るのだろう。

ひとつ考えられるとすれば、脳内補完が引き金になったということ。過去を振り返るとき、完璧に記憶を呼び起こすことは難しい。どんなに懐かしんでも風景はぼんやりと霞んでいて、輪郭がはっきりとしない。

しかし、歌声とピアノ以外の演奏を自分の記憶から引っ張り出そうとすることで、それが引き金となって、奥のほうに閉まわれていた “あの頃” が意図せず一緒に溢れ出したのではないだろか。

もしかしたら他にも閉まっておいて忘れているものがあるかもしれない。ひとつひとつを引っ張り出す作業は難しいので、また何かの折に触れ、溢れ出すことがあればいいな、と思っている。

記憶を閉まっておくというのはそういうことなのかもしれない。今が過去になるというのはそういうことなのかもしれないと、彼らの歌声がそう言っているみたいだ。